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東海道 |
・ 二川宿 |
・ 吉田城下 |
・ 御油宿 |
・ 赤坂宿 |
・ 藤川宿 |
・ 本宿(間の宿) |
・ 岡崎城下 |
・ 池鯉鮒宿 |
・ 有松宿(間の宿) |
・ 鳴海宿 |
・ 宮宿 |
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本宿 |
・ 旧代官屋敷 |
・ 法蔵寺 |
・ 御草紙掛松 |
・ 東照宮 |
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本宿(岡崎市)概要: 本宿(岡崎市)は古くから法蔵寺の門前町として発展してきた町でしたが、慶長6年(1601)徳川家康が東海道の伝馬の制を確立さて以降は街道沿いの町として賑わいました。所謂正式な宿場ではなく藤川宿、赤坂宿の間に設けられた間の宿で本陣や脇本陣、旅籠などの施設は設置されませんでした。享和2年(1802)に編纂された「本宿村方明細上帳」によると宿の長さは19丁余、街道の幅が2間半から3間半ほどあり2軒の茶屋が存在し、名物として早縄、餅団子、草鞋があったと記されています。支配としては法蔵寺の寺領と旗本柴田氏領が混在し現在でも柴田氏の陣屋(代官所)が残されています。法蔵寺は松平家代々の菩提寺で徳川家康が幼少の時、学問や手習いなどを行った事で知られ数多くの徳川家縁の寺宝を所有しています。宿場の中央付近には元禄11年(1698)以降、当地に配された旗本 柴田出雲守勝門(柴田勝家の後裔)が設けた陣屋跡があり現在でも文政10年(1827)に建てられた代官所の遺構が残されています。
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本宿
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本宿:町並み
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