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愛知県・街道 |
・ 美濃路 |
・ 下街道 (善光寺道) |
・ 東海道 |
・ 上街道 (木曽街道) |
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起宿(愛知県一宮市)概要: 起宿(一宮市)は慶長5年(1600)の関ケ原の戦い後に開削した美濃路の宿場町で起を中心に小信中島、冨田、東五城、西五城の5ヶ村が宿役を負担しました。本陣1軒(加藤家)、脇本陣1軒(林家)、問屋2軒(加藤家・永田家)旅籠22軒、家屋887軒と美濃路の7つの宿場町の中で城下町でもある名古屋(名古屋城)、大垣(大垣城)を除くと最大規模を誇りました。本陣は代々加藤右衛門七家が世襲し往時は間口24.5間、奥行54間の敷地に建坪206坪の主屋、表門、式台付玄関など格式が高い施設があり紀州徳川家をはじめ、有力西国大名が宿泊や休息で利用しています。参勤交代で美濃路を利用する大名の多くは起宿で宿泊する事が多く、宿場にあった本陣の他、内陸部に本陣に準じる披本陣(吉田家)も設けられています。慶応元年(1865)の長州征伐の際は徳川家茂が起宿に宿泊し約18000人が美濃路を利用し西上しています。起宿には木曽川を越える渡船場が3箇所(上:定渡船場・中:宮河戸・下:船橋河戸)設置され、特に船橋河戸では将軍や朝鮮通信使が木曽川を渡る際、270艘の船を並べた日本最大級の船橋が架けられました。又、木曽川舟運の川湊として多くの物資が集められ物流の拠点として多くの豪商を輩出しています。史跡も多く明治25年(1892)に再建された脇本陣(林家住宅)と豪商だった旧湊屋文右衛門邸が国登録有形文化財、起渡船場跡が愛知県指定史跡に指定されています。
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起宿
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起宿:町並み
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起宿:名所・旧跡
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