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江花宿(須賀川市)概要: 江花宿は白河街道の勢至堂宿と長沼宿の中間に位置し、間の宿とされました。慶長5年(1600)の関が原の戦いでは上杉景勝が北上する徳川軍を迎え撃つ為に江花宿外れに陣所(道谷坂陣)を設け土塁や空堀を設置し拠点である長沼城を支援出来る陣構えとなっていました。江花の陣所には上杉軍8千が想定されましたが、徳川軍は当地まで進軍せず小山(栃木県小山市)で引き返しそのまま西上し関が原に向かいました。藤沼に鎮座する藤沼神社の創建は成務天皇20年(西暦150年)、石背国の国造建弥依米命が、木花開耶姫命の分霊を勧請し当地の産土として祀ったのが始まりとされます。当初は長沼町の東方に位置する沼の畔に勧請されましたが貞観5年(863)に江花黒澤に遷座し、その後、高鳥山の巽麓に遷座し、さらに後に現在地に遷座しました。長沼領(18ヶ村)の惣鎮守として歴代領主から崇敬庇護されています。又、伝承によると、参道はどんな大雨でも水に浸かる事がありませんが、もし、雨で浸かった場合は日光に鎮座する自現太郎が藤沼姫(木花開耶姫命)に遭いに来ている為とされ、その後藤沼に浮かぶ白い物体は自現太郎の鱗と伝えられています。さらに、木花開耶姫命は白蛇の化身とされ数百年に一度、白蛇に姿を変え人前に出現すると云われています。拝殿は入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、梁間2間、正面1間唐破風向拝付、拝殿前には巨大の杉が3本あり推定樹齢600年、樹高24m、幹周5.0m、「藤沼神社の大杉」として昭和43年(1968)に須賀川市指定天然記念物に指定されています。現在の町並みは土蔵や古民家が点在し宿場の雰囲気は残されています。
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江花宿 |
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江花宿:町並み |
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