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牧之内宿(天栄村)概要: 牧之内宿は白河街道の宿場町で、地名は馬の産地だった事に起因し「薄墨(源義家の愛馬)」や「権太栗毛(熊谷直実の愛馬)」など多くの名馬を産出しています。南北朝時代は北畠氏の影響下にあり一族の後裔が帰農し牧之村の上役を歴任しています(屋号「柏屋」として江戸時代は牧之内宿の脇本陣職を担ったとされます)。江戸時代に入ると白河街道の宿場町として整備され本陣はじめ脇本陣、問屋、旅籠などが設けられ遊郭もあったとされます。戊辰戦争の際は会津兵は宿所として利用しており、白河城(小峰城)が落城すると一端牧之宿まで退却し、ここから会津に戻っています。現在は多くの建物が建替えられましたが、土蔵や古民家も点在し敷地割りなどは当時のままとされ、さらに多くの子孫がそのまま住まわれている為お互い屋号で呼び合っているそうです。宿場から少し離れた場所に建てられている青龍寺観世音堂(宝形造、鉄板葺、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付)には馬の産地に因み馬頭観音が本尊として祀られており境内の檜は推定樹齢800年、樹高25m、幹周7.0m、「青龍寺観世音堂の大檜」として昭和57年(1982)に天栄村指定天然記念物に指定されています。
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牧之内宿 |
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牧之内宿:町並み |
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