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隠津島神社(郡山市)概要: 隠津島神社の創建は不詳ですが伝承によると貞観8年(866)に宗像大社の分霊が勧請されたのが始まりとされます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された論社として古くから信仰されていました。旧安積郡で記載されていた式内社は宇奈己呂和気神社(名神大)と飯豊和気神社、隠津島神社の3社しかなく当時から格式の高い神社として知られていました。現在式内社隠津島神社の論社は当社の他、福島県郡山市喜久田町に鎮座する隠津島神社と福島県二本松市木幡に鎮座する隠津島神社の3社があり何れも自称しています。歴代領主からも崇敬庇護され寛永年間(1624〜1645年)には会津藩初代藩主保科正之が社領2万5千uを寄進し正徳元年(1711)に「菅明神」から旧社号に復した際、3代藩主松平正容により社殿が造営されています。宗像大社は浜辺に鎮座した辺津宮と海上の島々に鎮座した中津宮、沖津宮の3社で一体とされそれぞれ市杵嶋比賣命、多岐理比賣命、多岐都比賣命が祀られていた事から隠津島神社も宗像大社の境内配置を模し、布引山南麓の滝の傍にあった峡岩の頂と、三代にあった沼地の畔に祠を設けました。享保16年(1731)に火災により社殿が焼失し、翌年である享保17年(1732)に再建され明治22年(1889)に改築され郷社に列しています。境内は菅谷地や風穴、菅滝、烏帽子岩などが点在する聖地として保護され原生林が残され多種多様な植物(約200種)や巨木も多く学術上も貴重な事から社叢約15ヘクタールが「隠津島神社本社叢」として昭和39年(1964)に福島県指定天然記念物に指定されています。又、昭和60年(1985)には「隠津島境内の原生林」として福島県緑の百景にも選定されています。祭神:市杵嶋比賣命、多岐理比賣命、多岐都比賣命。
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隠津島神社 |
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隠津島神社:境内・写真 |
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