会津五街道

|業務内容| 建築コンペ作品| 福島県の町並みと歴史的建築物| みちのく福島県観光記| 福島県の城下町| 奥州街道| メール|    
福島県の見所
 ・ 鶴ヶ城
 ・ 八葉寺
 ・ 勝常寺
 ・ 飯盛山
 ・ 飯盛山さざえ堂
 ・ 蚕養国神社
 ・ 東山温泉・向瀧
 ・ 恵隆寺(立木観音)
 ・ 上字内薬師堂
 ・ 心清水八幡神社
 ・ 円蔵寺
 ・ 円満寺観音堂
 ・ 大山祇神社
 ・ 鳥追観音堂
 ・ 鹿島神社
 ・ 白河の関
 ・ 小峰城(白河城)
 ・ 伊佐須美神社
 ・ 弘安寺(中田観音)
 ・ 左下観音堂
 ・ 法用寺
 ・ 大内宿
 ・ 中ノ沢観音堂
 ・ 塔のへつり
 ・ 田出宇賀神社
 ・ 熊野神社
 ・ 古四王神社
 ・ 願成寺
 ・ 亀ヶ城
 ・ 恵日寺(慧日寺)
 ・ 小平潟天満宮
 ・ 土津神社
 ・ 磐椅神社
 ・ 二本松城
 ・ 大隣寺
 ・ 隠津島神社
山形県の見所
 ・ 米沢城
 ・ 上杉家廟所
 ・ 成島八幡神社
 ・ 笹野観音堂
 ・ 林泉寺
 ・ 法泉寺
 ・ 普門院
 ・ 小野川温泉
新潟県の見所
 ・ 取上観音
 ・ 五十嵐家住宅
 ・ 護徳寺
 ・ 平等寺
 ・ 将軍杉
 ・ 新発田城
 ・ 諏訪神社
 ・ 宝光寺
 ・ 五十公野御茶室
 ・ 菅谷不動尊
栃木県の見所
 ・ 日光東照宮
 ・ 輪王寺大猷院
 ・ 輪王寺
 ・ 二荒神社
 ・ 四本龍寺
 ・ 本宮神社
 ・ 滝尾神社
 ・ 中禅寺湖
 ・ 華厳の滝
 
会津五街道概要
会津五街道概要: 会津若松は古くから大きく開けた土地柄で中世からの領主だった芦名氏は南奥羽一帯を支配する大大名に成長した事から東北の中でも重要な都市の1つでした。芦名氏が衰退した後も、蒲生氏や上杉氏など大大名が治め、寛永20年(1643)からは徳川家の一族である保科正之が初代会津藩主となっています。会津藩は23万石ながら伊達氏、佐竹氏、上杉氏などの外様大名を牽制するため幕府から重要視され、会津城下に繋がる街道は政治、軍事的にも整備する必要がありました。正之は積極的に街道の整備を図り、一里塚、松並木、宿場町を設置し慶安2年(1649)には大町札の辻を基点として「白河街道」、「二本松街道」、「越後街道」、「会津西街道(下野街道)」、「米沢街道」の5街道を幕府に報告しています。

 


白河街道概要
白河街道概要: 白河街道(白河市側からは会津本街道や会津越後街道などと呼ばれていた。)は会津五街道の1つで現在の会津若松市と白河市を結ぶ街道です。特に江戸時代に発展し、会津西街道(下野街道)が不通になると奥州街道へ抜ける主要街道へ整備され会津藩をはじめ新発田藩と村上藩の参勤交代に利用されました。越後街道の延長として、佐渡金山へ続く佐渡三道の一つと数えられ、五街道に次ぐ街道として重要視されました。
小峰城(白河城)
小峰城
鹿島神社
鹿島神社
白河の関
白河の関
関川寺
関川寺
丹羽長重の墓
丹羽長重の墓

会津西街道(下野街道)概要
会津西街道(下野街道)概要: 会津西街道(下野街道)は会津五街道の1つで現在の会津若松市と栃木県の今市(日光市)を結ぶ街道です。初代会津藩主保科正之によって開削され会津藩や新発田藩と村上藩の参勤交代に利用されました。度重なる天災で参勤交代で利用する主要街道は白河街道へ譲りましたが廻米や物資の流通、日光東照宮の巡礼などで多くの人達が往来し重要視されました。
左下観音堂
左下観音堂
大内宿
大内宿
塔のへつり
塔のへつり
日光東照宮
日光東照宮
輪王寺大猷院
輪王寺大猷院

越後街道概要
越後街道概要: 越後街道(新潟県側からは会津街道と呼ばれていた。)は会津五街道の1つで現在の会津若松市と新潟県の新発田市を結ぶ街道です。特に江戸時代に発展し、新発田藩と村上藩の参勤交代に利用され、津川宿、野沢宿に本陣が置かれました。太平洋側と日本海側を結び、佐渡金山へ続く街道として三国街道と北国街道と並び佐渡三道の一つと数えられ五街道に次ぐ街道として重要視されました。
立木観音堂
立木観音堂
円蔵寺
円蔵寺
鳥追観音堂
鳥追観音堂
平等寺
平等寺
新発田城
新発田城

二本松街道概要
二本松街道概要: 二本松街道(二本松市側からは会津街道と呼ばれていた。)は会津五街道の1つで現在の会津若松市と本宮市を結ぶ街道です。特に猪苗代は鶴ヶ城(会津若松城)の支城である亀ヶ城(猪苗代城)の城下町で初代会津藩主保科正之を祀る土津神社があった為、時の藩主達が参拝に訪れる際利用されなど物資や人の往来が多かったそうです。猪苗代湖は対岸貿易も盛んでそれらの集落を結ぶ上街道と本道である下街道とに分かれていました。
さざえ堂
さざえ堂
旧滝沢本陣
旧滝沢本陣
恵日寺
恵日寺
土津神社
土津神社
磐椅神社
磐椅神社

米沢街道概要
米沢街道概要: 米沢街道(米沢市側からは会津街道と呼ばれていた。)は会津五街道の1つで現在の会津若松市と山形県の米沢市を結ぶ街道です。参勤交代で利用する主要街道ではありませんでしたが、米沢と会津若松とは繋がりも深く人々や物資の往来も多かったそうです。歴史的な深さもあり、伊達政宗の会津侵攻や豊臣秀吉の奥州仕置き、上杉景勝が会津120万石から米沢30万石に減封され家臣を引き連れ下向し、初代会津藩主保科正之が山形から会津に入部したのも米沢街道を利用しています。
八葉寺
八葉寺
勝常寺
勝常寺
熊野神社
熊野神社
笹野観音堂
笹野観音堂
米沢城
米沢城
住宅設計

 


-天気予報コム-

 

 

 

|栃木県の街道|山形県の街道|群馬県の街道|茨城県の街道|中山道(上州路)中山道(木曽路)静岡県の街道島根県の街道愛知県の街道
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。